【マツコの知らない世界】チョコレートケーキの神パティシエ・サントス・アントワーヌさんwiki的プロフィール・お取り寄せ情報も!

2020年12月22日放送のマツコの知らない世界は「チョコレートケーキの世界」。日本のチョコレートケーキは世界トップレベルだそうで、番組では凄腕シェフや名店がたくさん紹介されます。そんなチョコレートケーキの神髄を語る、世界大会優勝パティシエ・サントス・アントワーヌさんとはどんな人でしょう?そして彼が作る糖質制限スイーツとは?

名前:サントス・アントワーヌ
生年:1969年生まれ
出身:フランス・プロヴァンス
職歴:
1985年-1987年 フランス・オーバーニュの「ナラン」でアプランティ(見習い)。
1987年-1988年 スイス・ローザンヌの「モジェニエ」でベーカリーとチョコレートを担当。1989年 フランス・コルドの「パティスコル」(MOF:フランス国家最高職人のイヴ・チュリエス氏のお店)で、チョコレートとアイスクリームのシェフパティシエを務める。
1989年-1992年 フランス・エクサンプロヴァンスの「リデレール」(MOFのフィリップ・スゴン氏のお店)でアントルメの責任者としてシェフパティシエを務める。
1992年-1993年 イギリス・ロンドンの「ホテルインターコンチネンタル」のレストラン「ルスフレ」のシェフパティシエを務める。
1993年 来日。京都の洋菓子店「バイカル」でレシピの開発と技術アドバイザーを務める。
1995年-1999年 「ヴァローナ・ジャポン株式会社」に入社して東京へ。シェフパティシエとして日本全国のパティシエへの技術指導、レシピ開発や技術提供。
1999年 独立。チョコレート、パティスリー、コンフィズリー、デザート、飴細工のコンサルタント活動を行う。
2000年 菓子学校「エコール・クリオロ」を設立。プロ&アマチュアを対象に指導。(2013年に閉校)
2003年 パティスリー「エコール・クリオロ」千川店オープン。
2009年 「エコール・クリオロ」中目黒店オープン。
2012年 神戸に「クリオロ・カフェ」をオープン。(2020年に閉店)
2016年 本店を移転&リニューアルした「クリオロ」が小竹向原へオープン。

サントスさんが菓子職人を目指したきっかけは、子供のころにおかあさんの作るケーキに憧れたからだそうです。年を重ねてケーキへの思いはますます強くなり、弱冠16歳で家を出て見習いとして働き始めました。
その後、スイスやフランス、イギリスの名店で修業をつみ、その間コンクールにも積極的に参加します。お父さんが手先が器用だったそうで、サントスさんはその才能を受け継いだのでしょう。若くして数々の賞を受賞します。

受賞歴:
1987年 「コンクール・ナショナル・ショコラ」アプランティ部門 準優勝
1989年 「コンクール・ジャンルイ・ベルトロ アルパジョン」ジュニア部門 準優勝
1990年 「コンクール・ジャンルイ・ベルトロ アルパジョン」ジュニア部門 優勝
1992年 「コンクール・シャルルプルースト」シニア部門 優勝
2008年 「第22回IKA世界料理オリンピック」シニア部門 優勝
2009年 「世界パティスリー2009(東京)」最優秀味覚賞を受賞
2017年  パリ「サロン・デュ・ショコラ」のショコラ品評会C.C.Cに初出品で金賞・アワード受賞
2018年 パリ「サロン・デュ・ショコラ」のショコラ品評会C.C.Cで2年連続金賞受賞
2019年 パリ「サロン・デュ・ショコラ」で優れたチョコレートショップとしてベストオブベストのアワードを受賞

天才パティシエの挫折

輝かしい経歴のサントスさん。
一見、順風満帆のようですが、もちろん人知れぬ苦労や挫折がありました。

サントスさんが日本に行こうとしたきっかけは、飴細工でした。
意外なことにフランスでも古くから飴細工の技術はあるんです。砂糖菓子やお菓子を立体的に積み上げる技法などから発展したようです。
サントスさんは、フランスで飴細工を作る時、生け花の本を参考にしていました。
日本の生け花はバランス感覚が素晴らしいと思っていたサントスさん。パティシエとしての腕を磨くためにももっと生け花を学ぼうと考え、日本に行く決心をしました。

ところがいきなり壁にぶち当たります。
ビザを取るために日本大使館に行くと、日本に行くなら英語ができなければいけないよと言われてしまったのです。
しかしサントスさんはそんなことではくじけません。
ならばと、イギリスへ出かけていき、1年間英語を勉強するのです。ものすごい情熱です。

そうして来日したサントスさん24歳。
日本の伝統を学ぶならば京都でしょう、と、京都で職場を見つけました。洋菓子の「バイカル」です。
本場フランスから数々の賞を受賞したパティシエが来たということで、お店の方でも大歓迎。「サントス・フェア」をやったりして大人気となります。

ところが…そのうちにサントスさんの作るお菓子がいつもショーケースの中に残るようになったのです。
自分の仕事に自信があったサントスさんは、激しくショックを受けます。
一体なぜ?

たっぷり生クリームのシンプルなデコレーションのものばかり売れて、奇麗で洗練されたサントスさんのお菓子は売れ残る。生クリーム…?

当時、サントスさんはフランスとまったく同じレシピで作っていました。
フランスのお菓子で一番大切なのは、見た目がキレイであること。フランスではキレイなお菓子が売れます。
なので、スポンジが薄くて、果物などトッピングをしてナパージュ(【仏:nappage】 上掛け・ツヤ出しに使用するジャム状または液状のゼリー)をかけて、より装飾的に作ります。生クリームをデコレーションに使うことはほとんどありません。

これか!サントスさんは気づきました。

どうやら日本は見た目が奇麗、ということより、見た目が「おいしそう」ということが大事なんだと。
もちろん奇麗で、さらにおいしそうなお菓子がベストなのはわかる。でも、今までフランスでずっと勉強してきたことが通用しない、あの努力は一体何だったのかと思うと、辛くて辛くてベッドの中で何度か泣いたそうです。

このことは、まだ日本語も日本文化もわからなくていつも不安だったサントスさんにとって、さらに大きな衝撃でした。
でも売れないお菓子を作っても意味がない、と思い直したサントスさんは、自分が持っていたレシピを全部捨てて、リセットすることにしました。
随分思い切った決断ですが、当時はそうでもしないと耐えられなかったとサントスさんは言います。

挫折からの再起

そして京都のお店を辞め、東京でフランス菓子を輸入する会社「ヴァローナ・ジャポン」に入社します。そこで技術指導、直営店へのレシピ開発や技術提供。講習会のグループ責任者として シェフパティシエを務めます。こうした仕事をしながら、少しずつテストを重ねて、新しいレシピを作っていきました。
そのころ、ソムリエの岡田愛さんと出会います。岡田さんは、その後サントスさんの奥さんとなり、現在はショップ店長&シェフの右腕として活躍しています。

サントスさんは、料理やお菓子に昔から興味があったという岡田さんに作ったものを食べてもらって、「日本人ならもっとしっとりしたものが好き」とか「スポンジは厚みのある方がいい」など、どんどんアドバイスをもらいました。

そうするうちに、サントスさんの考え方や舌が変わってきました。
例えば、フランス人は「フグの刺身は味がないからイヤ」と言って、醤油をたくさんつけて食べますが、日本人は「ちゃんと味がある」と言います。
日本人の味覚はすごく繊細なんだということがわかってきたサントスさんは、自分を何も変えないというのではだめだ、自分の頭の中にあるものを一度全部捨てて、新しいものに入れ替えるしかない、と決意します。
結局、新しい自分を作るまでに4年くらいの時間が必要だったとサントスさんは言います。

そうして4年ほど会社で働いたサントスさん。
ストレスが溜まってしまったこともあり、十分日本で頑張ったからもういいだろう、奥さんと一緒にオーストラリアに行って小さな店でも開こうと思い、会社を辞めてすっかり準備をしました。

再び挫折…そして新たなる道へ

ところが出発2週間前、バイクの大事故で2人とも大ケガをしてしまいます。
1カ月半の入院生活。これでオーストラリアにも行けない。退院しても住むところがない、仕事もない、もうなんにもない。
せっかくの再起の芽がつぶれてサントスさんは激しく落ち込みます。

ところが入院中に、友達がたくさん来てくれて、みんな「せっかく日本語もわかるし、日本にいなさい」と薦めてくれたのです。
そこで洋菓子のコンサルタントの会社を作り、小さなアトリエでお菓子の学校を始めます。

すると、どんどん生徒さんが増えていきます。驚きと喜びのサントスさん。
特に学校をやったということが、サントスさんにとって一番大きな経験だったと言います。
生徒が失敗すると、自分もそこから勉強できる。そして次は失敗しないように技術を改良していく。失敗しないガナッシュの作り方など、いろいろ考えて生徒に教え、『お菓子づくりでまよったら』という本も書きました。
だから学校をやっていなければ、多分自分の技術レベルは今より下のままだったと思うとサントスさんは言います。

学校では、年間コースと言った教え方をせず、毎月新しいお菓子を準備して教えました。
それは大変なことでしたが、生徒たちにはとても喜ばれたし、自分にとっても勉強になりました。

サントスさんは、お菓子作りに日本の食材もいっぱい使います。
サツマイモ、黒蜜、抹茶、生姜、お酢、わらび餅など。
日本のパティシエには目新しいことではないかもしれないけれど、サントスさんにとっては、フランスにいた頃は使わなかった素材なので、すごく新鮮なんです。

こうした素材を使って創りあげたレシピは、サントスさんにとっての一番のプライドだと言います。なぜならどのお菓子も全部、自分のレシピだからです。
フランスから持ってきたレシピはすべて捨てて、ゼロから創りあげた、自分だけのレシピだからです。

実はサントスさんは、最初はショップをやるつもりはなかったんだそうです。もう学校だけでいっぱいいっぱいで。
でも奥さんの岡田さんが「あなたのお菓子はとてもおいしいから、お店をやってみんなに食べてもらいましょう」と薦めてくれたので、2003年にパティスリーを開くことになりました。それが最初のお店「エコール・クリオロ」です。

スタッフ3人から始めて、今は2店に広がりました。サントスさんは、これからも新しい挑戦をして、自分自身をどんどん変えて成長していきたいと思っています。なぜならそれはすごく大変だけど、楽しいことでもあるからだと言います。数々の挫折から立ち上がったからこその言葉ですね。

サントスさんの新たなる挑戦・糖質制限スイーツ お取り寄せ情報

それまでの自分のお菓子をいったんゼロにして日本の味を学び、和素材を取り入れてできあがった斬新な切り口の”サントススタイル”。
サントスさんのお店ではこのスタイルで創り出されたチョコレートやケーキが味わえます。

サントススタイルとは

サントスさんは、素材本来のもつ特徴を活かすことを大切にしているそうです。
食感はカリッとしたものはカリッと。ふんわりしたものはふんわりと。 口の中で素材の食感が素直に味わえるように丁寧に扱っています。
サントスさんのつくるケーキは、いろいろな食感の層が組み合わさり絶妙なハーモニーが広がるのが特徴です。
また、いろいろな味を混ぜすぎないようにすることも大切にしていることのひとつ。
メインの素材、アクセントの素材、ベースの素材など、口に入れたときに何を食べているのかを はっきり感じてもらえるようにしているそうです。

また、常に進化を遂げる”サントススタイル”は、時代に合わせて新たな挑戦をしました。
それがなんと「糖質制限スイーツ」です。

SlimChocola 糖質制限スリム・ショコラ(直径15cm 4~6名用) 3,740円 (税込)

ブドウ糖を発酵して作る甘味料で糖質の大幅カットに成功。糖質制限中の方でも安心していただける素晴らしいスイーツです。この他にも、ティラミスやチーズケーキも。すごいですねー。

糖質制限スリム・ティラミス 長方形(2~3名用) 1,890円 (税込)

糖質制限スリム・レアチーズ・フレーズ 長方形 (2~3名様用)1,890円 (税込)

お取り寄せはこちら!

https://www.ecolecriollo.co.jp/

サントスさんのお店紹介

CRIOLLO 本店

緑豊かな閑静な住宅街に佇むパティスリー。 残念ながら現在は臨時休業中ですが、こだわりのドリンクや特製ランチがいただけるカフェも併設されていて、もちろんスイーツもその場でいただけます。 パンやチョコレート、ワインなど品ぞろえも豊富です。

住所: 〒173-0036 東京都板橋区向原3-9-2
TEL:03-3958-7058
営業時間:10:00~18:00
定休日:火曜日(祝日は営業)
最寄駅: 東京メトロ 小竹向原駅

CRIOLLO 中目黒店

住所: 〒153-0051 東京都目黒区上目黒1-23-1 中目黒アリーナ103
TEL:03-5724-3530
営業時間:11:00~19:00
定休日:水曜日(当面の間)
最寄駅: 東京メトロ・東急東横線 中目黒駅

ひとりで異国の地にやってきてすべてを捨てて再出発し、成功をおさめた神パティシエ。
これからの進化が楽しみですね。
最後までお読みいただきありがとうございました。ではまた!

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