M-1グランプリ2020を徹底考察・なぜマヂカルラブリーが優勝したのか?

2020年12月20日。今年も漫才界No.1の座を賭けて熱い闘いが行われました。
2001年から途中中断をはさみ今年で16回を迎えた「M-1グランプリ」。
今回は大会最多の5081組がエントリー。その中から厳正な審査を勝ち残った10組が最後の戦いを繰り広げる決勝戦の模様が東京・テレビ朝日の第一スタジオから生中継(LIVE)されたわけです。その決勝戦を振り返り、なぜあのコンビが優勝したのかを考えてみたいと思います。
もちろん数多のプロの芸人さんたちが、さまざまなメディアで考察や研究を発表しているので、ここではあくまで純粋な一観客としての感想から考察まで進めてみます。

M-1グランプリ2020 FIRST ROUND

第1組 インディアンズ


結成:2009年
左:田渕 章裕(たぶち あきひろ 1985年6月2日生)(35歳)ボケ
右:きむ(1987年12月24日生)(32歳)ツッコミ
所属:吉本興業
FIRST ROUND:625点(7位)

見事、敗者復活して決勝戦メンバーに這い上がった二人。
テレ朝のすぐ隣の広場とはいえ、極寒の敗者復活戦会場から走って移動していきなり一番手に登場、というのは相当なハンディです。

確かに、寒さでこわばった顔がまだほぐれてないのかな、と感じるところもなくはなかったのですが、話の本筋をよそに田渕さんがボケ続けてどんどんエスカレートしていくという、得意のインディアンズのパターンの漫才を演じ切りました。

昨年決勝戦に初登場した際は、あがりまくったのか、それが空回りして見ているのが痛々しいほどでしたが(ネタを飛ばしたという噂もある)、あれ以来相当稽古を積んできたきたのでしょう。はるかにうまくなっていました。やはり積み上げた稽古が二人に自信を与え、敗者復活&一番手というハンデをはねのけさせたのだと思います。

そもそも一番手というのはかなり不利だと思います。
なぜなら、その時の会場は、お客さんはどこで笑っていいのかわからないし、審査員は何点付けたらいいのか決めかねるという、様子見と緊張感が混じり合った、何とも言えないもやっとした空気に満たされているからです。そんな中でインディアンズは自分たちの漫才をやりきり、ちゃんと笑いを取ったのは見事だと思います。

にもかかわらず、残念ながら点数が低かったのは、ひとえに一番手でそれ以降の採点の基準にされてしまったからですね。インディアンズよりおもしろかったかどうか?となってしまうわけです。
その上、記憶というものはどんどん上書きされて行ってしまう。残念ながら最初のおもしろさはかすんでしまうんです。こういう理由で一番手は不利なんですね。

内容についていえば、田渕さんの重ねボケでどんどん本筋から外れていくのがインディアンズのスタイルなんだろうけど、ボケ倒しだけでおわってしまうのではなく、後半本筋での大逆転があるとか意外な展開があるっていうのも見てみたいなあ。ハモリが以外であまりにおもしろかったので。
きむさんのツッコミは、千鳥のノブさんが何かの番組で「俺よりうまい」と絶賛したそうです。確かにタイミングは良かったと思う。でも、あ、それ正面見て言った方が笑えるのに、とか細かなことだけど感じたところがいくつかあったので、これからもっと稽古をしたら来年にはもっと面白くなってM-1に帰ってくるんじゃないかなと思います。期待の二人です。

第2組 東京ホテイソン

結成:2015年
左:たける(1995年3月24日生(25歳) ツッコミ
右:ショーゴ(1994年2月1日生(26歳)ボケ・ネタ作り
所属:グレープカンパニー
FIRST ROUND:617点(10位)

「神楽師」の資格を持っているという変わったキャラのたけるさんが、静かなショーゴさんのボケにお神楽風なツッコミをするスタイルの二人。

たけるさんのよく通る声とお神楽調子のツッコミを、見ている側がいかに楽しめるようにできるかがポイントだと思うのですが、今回のネタが「言葉遊び」。
残念ながら、あれでは難しくてこちらが笑いに到達するまで時間がかかってしまうのです。なのでお神楽ツッコミを楽しむ余裕がなくなっちゃうんですよね。
審査員のオール巨人さんも「ツッコミはお客さんの代弁だからお客さんがわからんな、と思ったらどんなツッコミやっても無駄になってしまう。だからもっとわかりやすいネタの方が良かったなと思う」と言っていました。
もっと練りこんで、更に進化した二人が見たいですね。まだまだお若いですし。

第3組 ニューヨーク

結成:2010年
左:嶋佐 和也(しまさ かずや 1986年5月14日生 )(34歳)ボケ
右:屋敷 裕政(やしき ひろまさ 1986年3月1日生 )(34歳)ツッコミ
所属:吉本興業
FIRST ROUND:642点(5位)

嶋佐さんが、”軽犯罪を重ねる一方で良いこともしたという倫理観がめちゃめちゃな男”エピソードトークでボケ続け、それを屋敷さんがツッコミ続ける、というネタ。
嶋佐さんのスッキリした見た目と邪悪なエピソードのギャップで笑えました。
審査員の上沼恵美子さんは、ナイツの塙さんのボケに似ていておもしろいと絶賛してましたね。
ただ、ナイツとの違いは、ナイツが時事ネタとか”今”を取り込んでいるのに対して、今回のニューヨークにはそれがないということ。
あるある、とか、ほほー、とか、そうきたか!というネタを盛り込んで、後半に向けて盛り上がるように組み立ててくれたらもっと見応えがあったのになあ、と思いました。
せっかく力があるんだからそういうのが見てみたいです。ちょっと食い足りない感じ。

第4組 見取り図

結成:2007年
左:盛山 晋太郎(もりやま しんたろう 1986年1月9日生 )(34歳)ツッコミ
右:リリー(本名: 清水 将企〈しみず まさき〉 1984年6月2日生 )(36歳)ボケ
所属:吉本興業
FIRST ROUND:648点(3位)

芸風はしゃべくり漫才。M-1三年連続決勝進出の誰もが認める実力派です。
盛山さんのごつくて日本人離れしたビジュアルと特徴的な声が持ち味になっています。
今回はベテラン芸人(盛山)と彼についたおかしなマネージャー(りりー)という設定のコント漫才でした。
去年はしゃべくりで5位だったので、今回はM-1用に本筋を用意したんでしょう。おもしろかったです。ごつい方が振り回される、という逆転現象はやはり見ていておもしろい。盛山さんの声はやはり効果的ですね。審査員のみなさんも絶賛でした。

第5組 おいでやすこが

結成:2019年
左:こがけん(本名:古賀 憲太郎〈こが けんたろう〉1979年2月14日生)(41歳) ボケ
右:おいでやす小田(本名:小田 芳裕〈おだ よしひろ〉1978年7月25日生 )(42歳)ツッコミ
所属:吉本興業
FIRST ROUND:658点(1位)

それぞれピン芸人としてR-1ぐらんぷり決勝進出を経験したことのある実力者によるユニットです。

こがけんさんは、慶應義塾大学商学部卒。アニメソングや童謡などどんな歌でも、洋楽風(ロックやラテンもあり)に歌うという特技があるほか、一時休業し板前修業をしたこともあって料理も異常に上手いなど、幅広い芸を持つ人のようです。

小田さんは、京都・北稜高等学校卒。他に先輩のチュートリアル、後輩のミキもいた高校です。当初はコンビを組んでいましたが2001年以降はピンに。普段は一人コントやフリップ芸、漫談をやっていて、キレ芸が得意だそうです。

2人は学年が同じで、2019年のR-1ぐらんぷりで出会ったことをきっかけに「おいでやすこが」を結成して、同じ年のM-1グランプリに出場したところ、3回戦まで進出したんですね。
そこでそれ以降は積極的にコンビ活動を展開。そして今年、なんと決勝進出という偉業を成し遂げたのです。

そんな二人が披露したのは、こがけんさんによる”ヒット曲に似て非なる歌”を歌って「そんな歌知らんわ!」と小田さんがキレる、という、お互いの得意分野をうまく組み合わせた芸でした。

いやおもしろかった!
まずこがけんさんの歌が異常に上手いことに笑えます。そして小田さんの大声ツッコミの破壊力のすごいこと。地味なサラリーマンにしか見えないビジュアルとのギャップがおもしろさをさらに増しましたね。
漫才には私たち素人にはわからない細かなテクニックがあるはずですが、そんなことどうでも良くなってしまうストレートな笑いでした。審査員の皆さんもその新鮮な笑いに驚いたようで、高得点をマーク。登場した時点で1位に躍り出ます。

第6組 マヂカルラブリー

結成:2007年
左:野田クリスタル(本名:野田 光〈のだ ひかる〉 1986年11月28日生 )(34歳)ボケ
右:村上(本名:鈴木 崇裕〈すずき たかひろ〉1984年10月15日生 )(36歳)ツッコミ
所属:吉本興業
FIRST ROUND:649点(2位)

芸風は、独特でシュールで馬鹿馬鹿しい変則的なコント漫才。視覚的なお笑いで全身を使い表現する野田さんに対して、村上さんが優しく訂正していく、という形が基本の二人。
なので今回も、フランス料理のマナーを学んだ野田さんが、お店に行くシミュレーションをすると言いながら異常な動きでボケ続け、村上さんがツッコみ続けるというネタでした。

一見、野田さんの異常な動きで笑わせようとしているように見えますが、実は、その動きに村上さんの訂正ツッコミが見事に合わさってできているんだなと感じました。テクニックすごいです。個人的にはしゃべくり漫才が好きなんだけど、こういうのもありかと思わされましたね。
ただ、前回決勝に出たときはだだ滑りしてました。審査員の上沼さんからもけちょんけちょんに言われていました。同じようなことをやっているのになぜだろう?不思議ですね。それは野田さんに見る側が慣れたからだ、という意見がありましたが、それだけではない気がします。

第7組 オズワルド

結成:2014年
左:畠中 悠(はたなか ゆう 1987年12月7日)(33歳)ボケ
右:伊藤 俊介(いとう しゅんすけ 1989年8月8日)(31歳)ツッコミ
所属:吉本興業
FIRST ROUND:642点(5位)

しゃべくりだけれど、標準語でゆっくりなテンポと間で見せる漫才です。世界観はシュール。伊藤さんの独特な声でのつぶやきツッコミが特徴です。
その伊藤さん、今回は早い段階からキレツッコミになりました。どうやら昨年決勝進出した際に、声が小さいと指摘されたからのようです。まあ、おいでやすこがとマヂカルラブリーという、動きと音で見せる派手な出し物の後ではやりづらかったでしょうね。
伊藤さんは、ライブでマジカルラブリーの後でやることが多かったので動揺することなくできたと言ってましたが、見る側がどう受け止めるかですからねえ。思ったより点数が低かったのはやはり順番が原因ではないかと思いました。
ただ、昨年よりもはるかにおもしろくなっていたので、かなり努力をしたんだと思います。今後に期待です。

第8組 アキナ

結成:2012年
左:山名 文和(やまな ふみかず 1980年7月3日生)(40歳)ボケ
右:秋山 賢太(あきやま けんた 1983年6月24日生)(37歳)ツッコミ
所属:吉本興業
FIRST ROUND:622点(8位)

芸風はオーソドックスなしゃべくり漫才。うまさでは抜群の定評のある二人です。
今回は、ライブの楽屋に地元の同級生の女子を呼んでいいかっこしたい山名さんと、それに振り回される秋山さん、というネタ。
これ、準決勝では大受けしたんだそうです。だから自信をもって決勝に臨んだようですが、序盤でいきなり想定より受けなかったようで、焦りが出てしまったそうです。だから結果は思いがけない低得点。これもおいでやすこがとマヂカルラブリーの後というハンデがあまりに大きかったからなのでしょう。審査員の上沼さんもそう言ってました。残念ですね。

第9組 錦鯉

結成:2012年
左:長谷川 雅紀(はせがわ まさのり 1971年7月30日 – )(49歳)ボケ
右:渡辺 隆(わたなべ たかし 1978年4月15日 – )(42歳)ツッコミ
所属:ソニー・ミュージックアーティスツ
FIRST ROUND:643点(4位)

初めて見ました。ネタよりも人で笑いを取る芸風ですね。
とにかく長谷川さんがおもしろい。芸歴26年で年齢49歳の長谷川さんは、歴代ファイナリストの中で最年長という記録を打ち立てました。スキンヘッドに白スーツで顔も強面のいい男風、その年齢に反比例の大声と動きと、とにかくギャップだらけで見ているだけで楽しいハチャメチャキャラです。
そのおバカキャラに振り回されてくそー!っと地団駄踏む渡辺さん。これがまたいい声なんだ。こちらも42歳のベテラン。長谷川さんのスキンヘッドをビシバシ叩いて、その美声で容赦なく突っ込みます。このコンビネーションが最高に面白い。

ネタは、長谷川さんがパチンコ台になって渡辺さんがその動きに一喜一憂するというもので、とにかくくだらない。でもおもしろい。爆発力がありました。

ただ、審査員のオール阪神さんが、笑いが足りない、もっとあってもいい、と評していました。長谷川さんはパチンコ台のポーズをしている間はしゃべらないわけですが、確かにその時間はもったいなかったかも。見る側は、長谷川さんを見るのは初めての人が多いのだから、もっともっと掛け合いで長谷川さんのキャラクターを出していってもよかったですね。おそらく阪神さんはそのことを言っていたのではないかと推察します。

他のネタも見てみたくなるコンビでしたね。

第10組 ウエストランド

結成:2008年
左:井口 浩之(いぐち ひろゆき 1983年5月6日生)(37歳)ツッコミ
右:河本 太(こうもと ふとし、1984年1月25日(36歳)ボケ
所属:タイタン
FIRST ROUND:622点(8位)

芸風はしゃべくり漫才ですが、河本さんがボケると延々井口さんがツッコみ続けるというパターンが多く、ツッコミネタの大半は井口さんの自虐ネタ、というのが売り。
今回はマッチングアプリをきっかけに、井口さんがモテないことを愚痴り続けるネタでした。
まあまあおもしろいんだけど、もっと突っ込んで欲しかったな。「かわいくて性格のいい子なんてこの世に存在しない」とか、「芸人になったのは復讐のためだ」なんて、せっかく際立つワードがあるんだから、そこをもっと掘り下げて徹底的な自虐の泥沼化に展開していったらもっとおもしろかったのに。
全体的に、井口さんの毒に対して河本さんのツッコミが優しいのが、物足りなさを感じさせる要因のような気がしました。ならば、井口さんの毒がどんどんエスカレートしていって、最終的に井口さんが自分でツッコんで落とす、という作戦にしたら、もっと盛り上がったのではないか?と思いました。

M-1グランプリ2020 FINAL ROUND(最終決戦)

最後に残った3組が再びネタを見せ、審査員たちはそのうちの誰か一組に投票するという形でグランプリが決まります。

第1組 見取り図

ふるさと自慢から始まって言い争いがエスカレートしていくしゃべくり漫才でした。
最終決戦ですから最初から飛ばしてほしかったんですが、出だしの「織田信長」ネタがちょっとよくわからなくて残念。FIRST ROUNDのネタよりは強かったけれど、こちらの期待が大きすぎたのか、少々物足りなく感じてしまいました。

第2組 マヂカルラブリー

電車に乗っても吊革につかまりたくない人、というネタです。
吊革になんとしてもつかまらないで耐える男を野田さんが演じ、それを村上さんがツッコむマヂカルワールドなわけですが、野田さんがどんどんエスカレートしていき村上さんのツッコミも絶叫になって、会場は沸きに沸き、審査員たちも大笑い。MC今田さんに至っては涙を流しながらの大爆笑。結局野田さんはステージ上をはい回りしゃべるのは村上さんだけという異常な4分間でした。

第3組 おいでやすこが

衝撃的なFIRST ROUNDに続いて、どんなネタが来るかと思ったら、やはりお得意の歌ネタでした。
今度は、古賀さんの歌うハッピーバースデーの歌がどんどん変遷していきながら全く止まることなく続き、それに対して小田さんがツッコみ続けるというもので、歌のうまさがさらに際立つ上に、小田さんの絶叫ツッコミのバリエーションもさらに増え、相当おもしろいものになりました。

さあ、この中から選ばれるグランプリは一体誰なのでしょう?

M-1グランプリ2020 FINAL JOUDGE(最終審査)

オール巨人 見取り図
サンドウイッチマン富澤 マヂカルラブリー
ナイツ塙 見取り図
立川志らく マヂカルラブリー
中川家礼二 マヂカルラブリー
松本人志 おいでやすこが
上沼恵美子 おいでやすこが

ということでマヂカルラブリーがグランプリを獲得しました。

漫才だから喋りにこだわりたいとオール巨人さんが見取り図に入れたのはわかりますが、同じくしゃべくり漫才の礼二さんがマヂカルラブリーに入れたのは意外でした。
奇しくも富澤さんが、「転がってて優勝できるなんてすごい」と言ってましたが、そう言う富澤さんもマヂカルラブリーに入れてましたね。

2対2対3。最終審査がこれだけ割れたのはM-1史上初めてのことでしょう。
その裏にあるのは、今回の最終審査=「漫才とは何か」という問いを、審査員も会場のお客さんも私たち視聴者も突き付けられたことだと思います。

M-1グランプリ2020 なぜマヂカルラブリーが優勝したのか?を考察

考察①稽古

一つ言えるのは、マヂカルラブリーの二人は、自分たちがおもしろいと信じたことを何年もやり続けてレベルアップさせた、ということ。
3年前の決勝では散々すべって最下位という結果だったのに、3年後、同じパターンのネタをやって優勝したんです。

これは昨年の優勝者・ミルクボーイにも言えることで、彼らもずっとあのパターンのネタをやってきたんですよね。それが、昔の二人のネタを見ると、同じようなことをしているのにおもしろくないんです。でも昨年のM-1では、圧倒的に面白かった。
いったい何が違うのでしょう?
もちろん取り上げるテーマの違いはあるでしょうが、それだけではないはずです。
おそらく、私たち素人にはわからない、言い方、間の撮り方、動き方や声のトーンなど、様々な要素が絡み合って笑いを生むのでしょう。
驚いたことに、ミルクボーイがテレビでネタを披露したのはM-1が初めてだというんですね。
つまり、ほぼコンビ結成以来ずっと何年もあのネタの稽古を続けて、私たちが見たのはほぼ完成形だったということです。

考えてみれば、落語も、ネタのヴァリエーションはそれほど多くありません。古典落語など実は300ネタくらいしかなく、その中でメジャーなものはもっと少ない。それを落語家さんたちは覚えて稽古を重ね、自分のものにして、私たちに披露しているわけです。同じお話なのに噺家によって全く違うものになる。素人が話す噺と名人と呼ばれる人の噺は雲泥の差があります。それが芸と呼ばれるものなわけです。

歌舞伎や能、狂言と言った伝統芸能もそうですね。同じ脚本を何代もの演者が稽古を重ねて演じ続けています。優れた演者は、今よりもっと良い演技にしたいと死ぬまで稽古を続けます。

つまり、漫才もそれと同じだといういうことです。
彼らはおもしろい話をただ無軌道にアドリブでしゃべくっているわけではありません。
台本があってそれを演じているのです。ボケ担当は本当にバカなのではなくバカを演じ、ツッコミ担当は本当に怒っているわけではなく怒っている演技をしているのです。
でも、お客さんには本当にバカに見えなければならないし、本当に怒っているように見えなければなりません。
だからたくさん稽古をして、まるで本当に言い争っているように見えるようにするんです。
もちろんお客さんは、演技でやっていることは理屈ではわかるでしょう。でもその理屈を超えたリアリティや世界観で笑ってしまうのです。
そのために彼らは何度も稽古をするのです。稽古を重ねることで、間の撮り方、動き方や声のトーンなど、笑いを生みだす要素が醸成されていくのです。

マヂカルラブリーは、3年前にまだ完成には程遠い状態であのネタを見せてしまったのです。あれから稽古を重ね、今回ついに完成形を披露することができたのだということでしょう。

考察②ライブ

もう一つ言えることは、M-1がライブであるということ。

今回見ていて、一昨年のM-1グランプリ2018を思い出しました。
最終決戦に進んだのは、ジャルジャル、和牛、霜降り明星。
ジャルジャルは、自己紹介から始まる独特のジャルジャルワールドで、ちょっと万人受けは難しいネタでした。
和牛は「息子が母親にオレオレ詐欺を騙って電話する」というコント漫才で、ネタも喋りも完成度が高く素晴らしい漫才だと思えました。
霜降り明星は「小学校の懐かしいこと」をネタにせいやが舞台中を使ってボケまくり粗品がセンターマイクでツッコむというスタイルの漫才でした。

霜降り明星は、確かにせいやがおもしろいんだけど、せいやが大声で暴れまわり粗品がそれをいなしているだけのように見えました。
だからこれは間違いなく和牛が獲った、と思いました。

ところが、結果は霜降り明星の優勝だったんです。

なんで?と思いました。
実は審査の時も、霜降りの漫才は絶賛されたんですね。その時も、それほどでもないのになあと思ったんです。
ただ、思い返すと、会場はものすごく沸いていました。今回のようなコロナ禍はなかったので、それはすごい盛り上がりでしたね。審査員たちも文字通り涙を流しながら笑っていました。

そうして、はたと気づいたんです。
ひょっとしてこれは、現場にいなければわからないことなんじゃないだろうか?と。
テレビで見ていては伝わらない何かが会場で起きていたに違いないんです。

それがライブなんです。
おそらく、せいやのパワーが会場を飲み込んでしまったのだと推察されます。

和牛のしゃべりはテレビでは克明に伝わります。だから文句なしに楽しめます。
でもせいやのパワーは画面では伝わりづらいんです。だからテレビで見ている少なくとも私にはわからなかったのです。

今回もまさにそれで、マヂカルラブリーもおいでやすこがも、どちらもしゃべりではなく”人間パワー”で笑いを取るタイプのものでした。
そしてそれを楽しめるのが、ライブならではの醍醐味なのです。

カメラで引いたサイズで映してしまうとただ床に転げまわっているだけの野田さんですが、現場で間近に見ると今田さんのように涙を流して笑えてしまうものだったんです。
おいでやすこがの小田さんのキレツッコミも、生で聞く方が迫力があるに違いありません。
錦鯉の長谷川さんのボケもライブならもっとパワフルに感じることができたでしょう。

結論

こうして見てくると、M-1というのは、「会場を最も沸かせたチームが優勝する」ということになるのだと思います。

それでいくと、昨年のミルクボーイは、考察の①と②の両方を兼ね備えていました。だからこそのFIRST ROUND歴代最高得点であり、最終決戦での圧勝という結果を呼び込んだのです。

今回はマヂカルラブリーとおいでやすこがが文句なしに会場を沸かせていました。
どちらがより沸かせていたかは会場にいなければわからないことですが、いくら優れた技を持っているとはいえピン芸人の即席コンビよりも、3年前に最下位にされたリベンジで同じスタイルをやり続けて技量を突き詰めた二人の方に軍配が上がったというのは、偶然とはいえ、みな納得の結果でしょう。努力が結果を呼ぶ、という気持ちの良い結果ですね。

これらが、マヂカルラブリーが優勝した理由と考えてよいと思います。

こうして見てくると、「漫才とは何か?」という問いに対しては、
「二人で出て行ってマイク一本でどれだけ笑わせられるか、というだけ」
と、いう答えが相応しいような気がします。
これは良い意味で、M-1グランプリが、漫才の定義付けを飛び越えて、”いかに笑わせるか”、”笑いとは何か”を追求していく人たちの戦いになる、ということです。
であれば今後も様々な形の笑いが登場して、私たちを楽しませてくれるに違いありません。
これからもM-1に期待しましょう!

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ではまた!

スポンサーリンク
336×280