【激レアさんを連れてきた】に元暴走族総長のイケメン落語家が登場!瀧川鯉斗さんのwiki的プロフィール

2019年10月19日放送「激レアさんを連れてきた。」では、 「伝統の世界にいきなり飛び込んだリアル『タイガー&ドラゴン』」 ということで、 “落語の知識ゼロのまま落語界に入っちゃった元暴走族総長”さんが登場しました。

元暴走族総長という「激レア」な経歴のイケメン落語家・瀧川鯉斗とは一体何者?出身校は?彼女は?

瀧川鯉斗さん プロフィール

本名:小口直也
生年月日:1984年1月25日(36歳 2020年現在
身長:182cm
体重:オン時52kg オフ時66kg
出身地:愛知県名古屋市
最終学歴:不明(1日で退学)
職業:落語家(2005年〜)
配偶者:なし

元暴走族の総長で、初めて見た落語で「おもしれえ」と感動して、全く知識が無いのに落語界に飛び込み、真打まで上り詰めてしまった、という”激レア”な落語家さんがいます。

まさに『タイガー&ドラゴン』の小虎、『昭和元禄落語心中』の与太郎のリアルヴァージョン。落語界きっての高身長&イケメンとしても知られ、ファッション誌に登場したりしてWEBでも話題に。
でもヴィジュアルだけではありません。実力も規格外です。何と35歳の若さで真打!

瀧川一門の瀧川鯉斗(たきがわ こいと)さん。真打なので、鯉斗師匠って呼ばなければなりませんね。

瀧川一門というのはあまり聞き慣れませんね。 これは、鯉斗さんの師匠・春風亭鯉昇さん(落語芸術協会の理事でもあります)が、江戸時代で途絶えていた瀧川の亭号を復活させて、瀧川鯉昇を名乗ったことでできた一門です。鯉斗さんは、鯉昇さんが瀧川を名乗るようになってからのお弟子さんなので、瀧川鯉斗なのです。

元暴走族のイケメン落語家・瀧川鯉斗さんは、元天才スポーツ少年

鯉斗さんは1984年生まれ。出身地は名古屋。小学校の時は夏は野球部、冬はサッカー部で活躍するスポーツ万能少年でした。

中学に入ると、サッカー愛知県代表監督からスカウトされ、キーパーとして県代表チーム入り。将来有望な選手として期待されます。

しかし、この頃バイクと出会い、その魅力にとりつかれてしまいます。
それが転落の人生の始まりでした。バイク好きから自然な流れで不良の仲間入り。

そうなるとサッカー推薦で高校に行く話も立ち消えに。残りの中学生活は荒れまくり、サッカーとは違った意味で地元にその名を広めてしまいます。

高校は入学式で退学。そして愛知県で一番の暴走族の総長に

受験してやっと入った高校も、入学式当日、鯉斗さんの噂を聞きつけた先輩たちが「生意気な野郎が入ってきたらしいで、シメたらないかんがや」と名古屋弁で言ったかどうかは定かではありませんが、50人が鯉斗さんを待ち受けていました。

売られた喧嘩は買わざるを得ません。鯉斗さん、50人がかりで襲ってきた先輩たちを相手に戦いました。まさにリアル『クローズ』。
しかし残念ながら漫画のようにはいかず、ボコボコにされてしまいます。 で、なんと入学初日に退学。

でもそれは喧嘩が理由ではありません。 ボコボコにされちまったぜしょうがねえなとタバコ吸っていたのを、先生に見られたからでした。ちゃんちゃん!

それからはもうバイク一筋。名古屋で最強の暴走族「天白スペクター」(東京にある超有名暴走族の名古屋天白区支部)に入り思う存分走りました。

そしてそのルックスと身体能力とガタイと人柄で、暴走族の中でもどんどん名を馳せ、なんとスペクター12代目の総長にまで上り詰めます。

その彼を伝説の男にした事件が「タイマン100対100」。

当時愛知県では、鯉斗さんのいる名古屋市を含む尾張地方の暴走族と、三河地方の暴走族が対立していました。 鯉斗さんによると、戦国時代、尾張の織田信長と三河の徳川家康は仲が悪かったので、それを受け継いでいるのだそう。ほんとかね。

それはともかく、遂に決着をつける時が。双方合わせて200人が集まりました。しかし、両者怒鳴りあうだけでらちがあきません。
そこで見かねたOBが、「総長タイマンで決着つけろや」と提案。それにしても、タイマンを見物に来るOBって一体…

ということで、尾張地方を背負うことになった鯉斗さん。皮肉なことに決闘の場所は「平和公園」。激戦の末、”爆裂鯉斗アッパー”で勝利! 愛知県天下分け目の戦いに勝利した総長として、伝説の総長となりました。

ケンカが強くて親分肌、ガタイが良くておまけにイケメンじゃ、男どもからはもちろん女の子たちからもモテモテ。バレンタインにバイクで女子校巡りをするとチョコレートの山ができるので仲間達と分け合います。もちろん彼女もできます。

ところが…
学校も行かずに、仲間とバイクに乗ってつるんでばかりの生活が2年ほど続いたある日。
仲間がたまっているところを見た鯉斗さん。
ふと、「こいつらワルだな~」と、なぜか突然、客観的に感じてしまいます。

そして唐突に気付きます。このままじゃだめだと。
天の声だったのかもしれませんね。

暴走族総長の位を返上、彼女とも別れて上京。そして落語と運命の出会い。

そして2002年。
総長の座を降り、愛する彼女とも別れて単身上京。
新宿のレストランでアルバイトをしながら生活を始めます。

皿洗いの日々を続けて1年ほどたったころのこと。

ある日、急に店内が暗くなり、スポットライトがつきます。 不審に思っていると、オーナーが「落語だ。見て来い」と言ってくれました。
「ラクゴ?」
落語そのものを知らない鯉斗さん、何が始まるのかわからないまま、100人ほどのお客さんと一緒に眺めていました。

すると、スポットライトの中に、着物姿の爺さんが出てきて、ぼそぼそと話し始めます。
枕(本題に入る前の世間話や小話)が始まったのですが、鯉斗さんには「何だ?じじいの独り言が始まったぞ」としか、思えません。
そうこうするうちに、噺はだんだん本題に入っていきます。
すると、驚いたことに爺さんの背後に話の風景が見えてきたのです!
それが後に弟子入りする瀧川鯉昇師匠でした。

その時の鯉昇さんの演目は『芝浜』といって、魚売りの夫婦の愛情を描いた屈指の人情噺でした。鯉斗さんにはなんとその浜が見えたんです。

衝撃を受けた鯉斗さん。居ても立ってもいられなくなり、打ち上げに乱入。いきなり師匠のもとへ行き「弟子にしてください」と頼みます。
驚いた鯉昇師匠、「おまえ落語知ってるか?」と尋ねます。ところが怖いもの知らずの鯉斗さん、堂々と「知らない」と答えてしまいます。
すると師匠は「新宿、浅草、池袋に寄席がある。そこがおまえの仕事場になる、一回見てこい」と言います。

そこで鯉斗さん、早速見に行きました。
そのおもしろいこと。見るもの聞くものすべて新鮮。こんな世界があったのか!と、すっかり落語の虜に。独特の言葉遣いや、知らない言葉がでてくるたびに周りの人に聞きまくり、ますますのめり込んでいきます。また何度も通ううちに、同じ演目でもやる人によって違うな、ということに気づきます。噺家によって落語が変わる、これがのちの鯉斗さんの落語家としての成長に、大きな影響を与えることになったと言います。

半年近く寄席に通い続けて意思が変わらなかった鯉斗さん、改めて鯉昇師匠に弟子入りします。

鯉昇師匠は当時を振り返りこう話します。
「ここは先輩が白を黒と言っても違いますと言えない世界。キレられたらどうしようかと悩みましたよ。おまけにあの通りの色男でしょ?きっかけがあったら役者の道へいきますとか言いだすとか、気がついたら駆け落ちしてるとか…正直全く期待してませんでした。むしろ不安しかなかったです。 で、ヤツにはわかりやすく一言、『盗みと暴力は一発で波紋、話芸なので口で勝負しろ 』と言いました」

元暴走族総長、落語家に弟子入りして修行が始まる〜滝川鯉斗 真打への道

弟子入りしたら、まずは前座見習いが1~2年。師匠のカバン持ち、雑用で休みなんかありません。でも、落語の世界に身を置き、感性を学ぶ時期。鯉斗さん、楽しくてしょうがなかったそうです。

そもそも一般常識すら知らないので、楽屋でかばんをテーブルの上においたら「そこはご飯食べるとこだ。かばんは置くな」と注意する師匠の言葉までも、すべて新鮮に聞こえたと言います。

もちろん苦労もあります。
鯉斗さん、年配者慣れしていないので、師匠さんたちが皆同じに見えてしまうのです。楽屋で師匠一人一人に挨拶して回るんですが、みんな着物を着た小さいおじさん、としか感じません。なんとか憶えようと、名前と顔の特徴をメモ書きしていきました。ところが、相手にバレないようにとっさに書くので、家に帰って復習をしようとメモを開くと、はげ、はげ、はげ、ひげ、はげの連続。これじゃなんにもならない。

また、恐れていた破門の危機も。
ある日、同じ前座見習いの後輩が遅刻してきました。 実は暴走族時代は1秒でも遅刻したら殺されるという世界。ところがその後輩、全く悪びれない。遂にぶちギレた鯉斗さん、表出ろ!と襟を掴んで引っ張り出し、何年も封印していた”鯉斗アッパー”が爆裂しそうになったその瞬間、”殴ったら破門”を思い出して間一髪寸止め。無事破門を免れることができました。

1年間かけて一般常識を学んだ鯉斗さん。前座に昇進し、人前で落語ができるようになりました。でもまだまだ憶えること山積みです。

まず鯉斗さんには、古典の江戸弁、落語独特の言い回しがちんぷんかんぷん。
例えば、「 えー、付け焼き刃(つけやきば)はハゲやすい、と申しまして… 」という言い出しがありますが、鯉斗さん、何度練習しても”つけやきば”が覚えられません。
「えー、つけまつげはとれやすい、と申しまして…」となってしまいます。そりゃ確かにその方が現代にはマッチしてますがね。
落語の稽古法は、通常、師匠が弟子に同じ話を3回聞かせて覚えさせるというもの。

ところが鯉昇師匠「鯉斗のやつ、『師匠、ICレコーダーいいすか?』と言うんで、まあこいつならしかたないと許しましたよ」厳しい師匠にそう言わせてしまうのは、鯉斗さんの愛すべき人柄のおかげなんでしょうね。

人柄にまつわるエピソードをもう一つ。鯉斗さんは、三遊亭小遊三師匠にかわいがられていました。一門は違うけれど寄席で会ってその人柄を気に入られたとのこと。

ある日のこと。地方公演の帰りの新幹線で、小遊三師匠を指定席へ案内していた鯉斗さん、通路で一般人と鉢合わせ。芸人なら譲るところを、なんとその人をバンとおしのけてしまいます。小遊三師匠ビックリ仰天!

「わたしゃ暴走族の総長かっての。緊張してついあのころの習慣が出たんだねえ。 わたしのことをほんとに大事にしてくれてねえ、ありがたいことなんだけど、まるで護衛ですよ。何かあっちゃいけないってんで、いつも恐ろしい目つきをしてるんですわ。それじゃいけないと思って、一日中笑ってろと言ってやりました。すると素直によく言うことを聞くヤツなんで、今度は告別式でも笑ってやがった。 まいったね」(小遊三師匠談)

ところがこれが思わぬ良い効果を生みます。笑顔を心がけることで、なんと落語の表現力もアップしたんです。

元暴走族総長の落語家・瀧川鯉斗さん、二つ目に昇進するが、イケメンゆえの壁にぶち当たる

破門の危機も乗り越え無事二つ目に昇進した鯉斗さん。

ここで大きな壁にぶち当たります。それは見た目。三枚目の役が全く受けない。鯉昇師匠曰く、「落語は三枚目が二枚目ぶるから面白い。二枚目のおまえが三枚目ぶっても面白くねえんだ」ということで、ここへきてイケメンが仇になってしうんですね。

師匠のような噺家になれない。なら俺は俺の道を行こう。師匠たちは滑稽話が得意。俺は人情話親子や夫婦など人間の情愛を描いた噺を極めよう、と心に決めます。

そこで始めたのが女性のしぐさの研究です。幸い、二枚目の役得で研究材料の女性はまわりにいっぱいいる鯉斗さん。彼女たちを誘って飲みに行き、しぐさを研究します。誘われて喜んでいた女性たちも、鯉斗さんの真の目的を知って激怒。でも怒ったら怒ったでその様子を取り入れてしまい、どん欲に研究を重ねます。

そんな日々が続いたある日、鯉昇師匠がやってきて、「おまえ最近良くなったな」。
めったに誉めない人なので鯉斗さんの喜びはひとしおでした。

イケメン元暴走族総長の落語家・瀧川鯉斗、ついに真打昇進!今後の予定は?

そして2019年5月、鯉斗さんは遂に真打に昇進します。
落語との衝撃の出会いから15年。
鯉昇師匠はこう言います。

「一つの表現が急に変わると、その噺だけが良くなるんじゃなくて全部レベルが上がる。いいポジションにいる。これからだ。あいつは、 暴走族以外に落語にのめり込んだのは本当に良かった」

寄席では、2019年11月1日~10日まで、新宿末廣亭に 出演されてます。

落語芸術協会主催の落語会では、2020年1月5日  「落語会にぎわい座 横浜にぎわい寄席⑤」(於:にぎわい座・芸能ホール)に出演予定です。

鯉斗さんのサクセスストーリーはまだまだ続きそうです。

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